【羽田弁天橋架け替え工事に絡む欠陥工事の指摘】

 

・弁天橋の歴史

1928年(昭和3年)、東京都大田区羽田空港一丁目(当時は、羽田鈴木町)と羽田六丁目間の海老取川にかけられました。

1948年(昭和23年)、進駐軍により橋桁等の架け替えと橋脚の補修が行われました。

その後、国土交通省(当時運輸省)が、1994年(平成6年)に維持管理の一環として、老朽化等に関する調査を行い、橋全体を新しく架け替えることが望ましいという結果を得て、架け替え工事を行うことになりました。新しい橋は、両側に歩道が設置されました。橋全体の幅は、8メートルから14メートルに拡幅され、歩行者が安全に通行できるようになりました。 

 

・架け替え工事の欠陥

 弁天橋は、路線バス等の運行する大田区道と海老取側を往来する船舶の要所であり、それらの通行の妨げとならないように片側車線ずつの橋の架け替え工事となりました。このような工事のため、工事期間は2001年(平成13年)11月頃より開始し、約3年の工事となりました。(工事発注者:国土交通省関東地方整備局、東京空港工事事務所、第二建設管理官室)

現場工事は、2001(平成13年)年11月から着工し、完了は2005年(平成17年)3月末頃までの予定でした。 

ところが、完了予定の3月になっても完成しません。

 2005年(平成17年)11月ごろのことです。古い橋には、2本の橋脚がありましたが、同事務所はなぜかこれを残したまま、上に新しい橋を架け2004年(平成16年)12月に国から区に引き渡しました。その後、2005年(平成17年)4月、幅約2メートルの上部を切断したが、川底の50センチメートル下に埋まった基礎部分(幅3.75メートル、高さ1メートル)は幅が広すぎて対応できなかったといい、中断していました。

 2005年(平成17年)の夏、羽田ボランティア推進の会は、夏祭りも近いので仮設橋の撤去はどうなっているのかを問い合わせしました。

工事事務所は、2004年(平成16年)12月に国から区に引き渡したが、古い橋脚が残っていることを明らかにしました。

引き潮時に、船が通るとその橋脚に接触し大きな事故になるのではないかと追及したところ、工法をかえてすべて撤去することになりました。

追加工事に1億円が使われました。 

以下、当時の毎日新聞の記事です。

 

~~~ これについて、地元の歴史と文化の保存運動などを行う「羽田ボランティア推進の会」(吉田清光発起人、約50人)が今月初旬に問い合わせたところ、同事務所は、「工法を変えてすべて撤去することになった」と説明。基礎の撤去のためには仮設橋から重機の操作をするしかなく、工期完了は来年(2006年(平成18年)8月の見込みという。同事務所第1工務課は毎日新聞の取材に「古い橋の図面がなく橋脚の下部構造がわからなかった」と釈明。河川の管理をしている東京都建設局河川部は「着工時から橋脚は撤去するという約束だった。同川は今後、改修工事を行う予定があり、残存物があると、掘削工事ができない。そもそもフタ(新しい橋を架けてから)をしてから古い橋脚を撤去するという発想がわからない」と首をひねっている。 ~~~



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